1973
竹田設計工業創業。
愛知県東海市荒尾町にて3名の社員で、製鉄製造設備、化学プラント設備、一般産業機械、
治工具等の設計受託事業を開始しました。
当社は第一次オイルショックによる経済の傷が癒えない昭和51年(1976年)に誕生し、
2026年10月1日で設立50周年を迎えました。
これまでの当社の歩みを振り返るとバブル崩壊、リーマンショック、新型コロナウィルスのパンデミックなど、
数々の困難がありましたが、今日まで会社を継続してこられたのは取引先さまを始め、従業員の皆さまや当社を
支えてくださったすべての方々のおかげです。設立50周年を迎えたいま、改めて心より御礼申し上げます。
「会社という組織は社会の公器であり、社会から必要とされる存在でなければならない。」
これは創業当時から大切にしている当社の考えです。
社会に貢献し、社会から必要とされる存在でなければ、会社はいつか淘汰されてしまうものです。
私たちはこれからも、社会から必要とされる会社であり続けるために、
また100周年に向けて社業のさらなる発展を目指し、一層精進してまいります。
竹田設計工業創業。
愛知県東海市荒尾町にて3名の社員で、製鉄製造設備、化学プラント設備、一般産業機械、
治工具等の設計受託事業を開始しました。
竹田設計工業有限会社を設立。
本社を愛知県東海市へ移転しました。
航空宇宙産業へ参入し、開発設計支援業務を
開始しました。
また、空調機やカーエアコンなどの
冷熱機器の開発支援業務を開始しました。
中型射出成型機の開発支援業務を開始しました。
自動車産業へ参入しました。
取引先企業の開発拠点に常駐して、乗用車の開発設計支援業務を開始しました。
100%資本出資会社である
株式会社ティ・エス・シーを設立。
本社を名古屋市中区に拡張移転しました。
第1回業務体験発表会を開催。
先輩社員の指導のもと新人が成果を発表する
この取り組みは、現在も受け継がれる伝統的な
研修の原点となっています。
本社を名古屋市中区金山に拡張移転。
金山駅まで徒歩3分の好立地で利便性が良く、
その後の事業拡大の足掛かりとなりました。
熊本に事業所を設立。
半導体製造装置開発設計業務および装置のインストラクター業務を開始しました。
東京都墨田区両国に東京事業所を開設。
半導体製造装置の開発設計支援業務を開始しました。
自動車関連業務の拡大に伴い、豊田事業所を
豊田市西町に開設。
先に開設した2拠点(熊本、東京)とあわせて、
それぞれ主要取引先の取りまとめ部署として
位置づけ、事業基盤を形成しました。
名古屋市中村区に本社ビル竣工。
3Dプリンターと非接触3Dデジタイザを導入し、
試作開発事業とリバースエンジニアリング事業を
それぞれ開始しました。
リーマンショックにより大きな影響を受けましたが、社員一丸となって事業の継続に努めました。
この時期に注力した技術伝承や教育が社内教育の
礎となり、その後の成長へとつながりました。
名古屋市南区に名古屋南ビルを竣工。
東京事業部を取引先企業の変化や事業拡大に
対応するために、より利便性の高い八王子市へ
拡張移転しました。
福岡市博多区に九州オフィスを開設。
九州地区の事業拡大を図るため、設計体制の強化を推進しました。
愛知県知立市中町にテクニカルセンターを竣工。
航空・宇宙や自動車など多様な分野で設計・解析・試作に携わるエンジニアが在籍し、幅広い知識と
経験を基に最適なサービスを提供しています。
新体制発足。
創業者の竹田健司が代表取締役会長に就任し、竹田大吾が代表取締役社長に就任しました。
新たな経営体制のもと、竹田設計工業の新たな時代が動き出しました。
新体制発足翌年、コロナ禍に見舞われましたが、リーマンショックの経験を活かした
経営方針のもと、全社で協力して苦境を乗り越えました。
この経験は、さらなる発展を支える貴重な財産となりました。
品質マネジメントシステムの国際規格ISO 9001の認証を取得しました。
九州オフィスを福岡市博多区博多駅東へ拡張移転。
設立50周年。
これもひとえに、お取引先様の長年のご支援と、
共に歩んできた社員一同の努力の賜物です。
これからも「人と技術の融合」を理念に、地域貢献
と産業発展に努めてまいります。
候補のデザインから「向上」「花開く」イメージをより明確に
表現するとともに、「50th」の視認性の向上と、名刺・webサイト
などへの展開を意識して、ブラッシュアップを実施しました。
50周年記念ロゴは、社員からアイデアを募り、社員の投票によってロゴデザインの方向性を決定しました。
残念ながら採用には至らなかったものの、社員から寄せられたロゴデザインの案をご紹介します。